大学の概要 相模女子大学の校歌

相模女子大学の校歌

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解説

本学の校歌「相模女子大学の歌」は、金田一京助作詞、高木東六作曲によるものです。
「さねさし相模の小野の…」の「さねさし」は「相模」にかかる枕詞です。枕詞は古代の歌謡・和歌で用いられた言葉で、その語自体にあまり意味はなく、あとに続く言葉を導き、歌の調子を整える役割だといわれており、「さねさし」も意味は不明です。
さて、「さねさし相模の小野」というと、古代の歌謡では「古事記」に見られる次の歌が有名です。
さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも
この歌は、ヤマトタケルノミコト(倭建命)が東国征服に向かった際、同行した妻のオトタチバナヒメノミコト(弟橘媛命)が歌ったものです。ヤマトタケルは相模の国の野原で敵に火攻めにあってピンチに陥りますが、草薙の剣で草を切り払い難を逃れました。そしてその後、船で海を渡ろうとすると、途中で海神が海を荒れさせて進めなくなります。そのとき、オトタチバナヒメは自らの命を海神に捧げようと、海に身を投げ、そして、夫のヤマトタケルに向かってこの歌を歌ったのです。彼女の死によって海は静まり、ヤマトタケル一行は無事に海を渡ることができました。
ですから、「相模女子大学の歌」の2番の「いにしえのやまとおみな(古代の日本女性)」とは、このオトタチバナヒメのことを指していると考えてよいでしょう。愛する夫のために犠牲となるというのは、ある意味では古い美徳かもしれませんが、しかし今なお感動的な、ひとりの女性の生き方です。「相模女子大学の歌」は、この古代の女性の自己犠牲の生き方を心に刻みつつ、一方で「新しい時世の道」を「朝夕の心の掟」とせよ、と告げています。「新しい時世の道」とは、民主主義、男女平等、平和主義という戦後日本が掲げた理念と考えられます(「相模女子大学の歌」は1964年成立)。古代の女性の生き方をかえりみつつ、新しい時代の女性としての生き方を確立していこう、という強い思いがこめられているようです。
3番にある「操守(そうしゅ)」という言葉は、志を持ち続けるといった意味です。希望を持ち、変わらぬ志を抱いていれば、高い空をさわやかにふきぬけて行く風のように、すがすがしい人生を歩んでゆくことができる。そう「相模女子大学の歌」は「たからかに」歌っています。