ライン

6. 健康

 健康な身と心は旅の基本。健康には、十分すぎるほど気を配っておこう。また、体力の低下が各種の疾病を招くので、余裕を持った旅行日程を組むよう努めよう。

 インドには、熱帯諸国で認められる風土病はほぼすべて存在すると考えてよい。すなわち、コレラや腸チフス、細菌性赤痢といった経口感染症、マラリアやデング熱といった昆虫媒介感染症、狂犬病、住血吸虫症、結核症、破傷風等が発生している。19949月には一部の地域でペストが発生している。しかしながら、十分に注意していれば、これらの疾患の大部分予防できる。

 

6.1 一般的な対策

 まず、生水の飲用は厳禁である。殺菌した水かミネラル・ウォーターを使い、食べ物については十分に加熱したものを食べ、手洗いとうがいの励行が重要である。汚染された水や食べ物に起因する疾患(経口感染症)が多いからである。もっとも、最近、ミネラル・ウォーターを含む飲料水中の残留農薬の問題や、水・土壌中の水銀汚染が問題となっていることも承知しておこう。

 つぎに、マラリアやデング熱等蚊が媒介する病気は、モンスーンシーズン(69月)から11月頃に流行する。ハマダラカが活動する夕暮れから明け方にかけて外出を避ける。(注:デング熱のネッタイシマカは昼間が要注意です。)やむを得ず外出する場合は、できるだけ長袖シャツ、長ズボンを着用し、皮膚が露出する部分に虫除け剤を塗布し、蚊に刺されないようにすることが肝心である。携帯型の殺虫スプレーや蚊取り線香(もちろん日本製に限る)を使用すれば、なおよい。

 

虫除けクリーム・スプレー

虫除け剤(忌避剤)は、ディートあるいはフタル酸ジエチルのいずれかを含むものを選ぶ。気温湿度が高い時は3〜4時間おきに塗布する。小児に対する使用量等は製品使用説明書に従う。

網戸

窓やドアに網戸が設置されているか確認すること。もし、網戸が無い場合は夕暮れまでに戸や窓を閉める。もちろん、超高級ホテルでは、不要。

蚊帳

ベッドの上に蚊帳をつるすというのもいい方法。蚊帳の繊維に殺虫剤を染み込ませておくともっと良い。

殺虫スプレー・蚊取り線香

ピレソイドを含んだ殺虫剤、電器液体蚊取り器もしくは蚊取り線香を夜間ベットルームにおく。インド国内でもBAYGONALL-OUTなどの商品名で販売されているが、世界一優秀なのは日本製品だと思う。ちなみに、フマキラー・インディアが、マット式やスプレー式、電池を使った携帯式虫よけ器などを販売している。

 

 また、発汗と埃による皮膚の汚染のために皮膚の感染症になりやすいので、清潔に保つよう心がける必要がある。そのために、サンダル履きはやめ、靴をはくべきである。

 そして、都市内部にも、多数の野生化した動物が共存しているが、それらには狂犬病を持つものもいる可能性があり、噛まれないよう注意する必要がある。それら動物は、ヒンドゥー教では、神の化身だったり、神の乗り物だったりして、それなりに保護(現実の社会では無視)されている。しかし、インドでは、犬や猫などをペットとして飼うという習慣はなく、したがって、しつけられているはずもなく非常に凶暴である。

 

6.2 病気と症状・対策

6.2.1 日射病・熱射病

インドは日差しが強烈であり、場所によっては気温が50℃以上に上昇する。帽子と日焼け止めは必携である。また、服装も肌を直接日差しにさらさないよう、長袖シャツに長ズボンのスタイルが賢明だと思う。また、気分が悪くなったら、無理せず、涼しい木陰でゆっくりと休息をとること。できれば、ポカリ・スエットやゲーター・レードといった体液に近い電解質で十分に水分補給すること。また経口電解補給剤(ORSELECTRAL等)を薬局で販売している。あるいは、ココナッツのジュースは清潔で十分な電解質と水分が補給できる。

 

熱中症(Heat stroke

高温で湿度が低い時期は、熱中症(熱失神、熱疲労、熱痙攣、熱射病)に罹るリスクが高くなる。暑い戸外で長時間活動することはできるだけ避けるのは当然である。どうしても戸外に出なければならない時は、つばの広い帽子(首が隠れるもの)をかぶり、風通しが良く汗を吸い取る服装で、木陰や建物の日陰を通るようにすること。また、電解質が含まれたスポーツドリンク等で、水分と塩分の補給をこまめに行うこと。

軽傷の熱中症の場合は涼しい場所で、衣服をゆるめ頭を低くして寝かせ、水分(0.2%食塩水)を補給すれば回復する。しかし軽傷か重症かの判断は素人には難しい。頚、腋の下、足の付け根など太い血管のある部位をアイスパックで冷やし、水や濡れタオルをかけて扇ぎながら、エアコンの効いた車でできるだけ早く集中治療室のある病院(Apollo病院、Max Medcentre)へ搬送してもらうこと。

 

紫外線傷害(Ultraviolet ray injury

紫外線は波長によりA(UV-A)320400nmB(UV-B)290320nmC(UV-C)<280nmに分類される。A(UV-A)は普通の窓ガラスを透過する波で、目の水晶体にダメージを与え白内障の発生を早める。また、肌の張りや弾力を奪い、しみやそばかすを濃くする。B(UV-B)はガラス窓を透過しないが、表皮に炎症を起こす紫外線である。長くあたると肌に日焼けをおこし、長時間目がさらされるといわゆる雪目になる。C波はわれわれがオゾン層を守る限りは地表には到達しないはずである。

インドでは青空が見えなくても、日本以上の紫外線を浴びている。つば広の帽子と大きめのUVカットサングラス、更に手袋を着用されることをお勧めする。

 

6.2.2 下痢

旅行中もっともよくかかる病気なので、Welcome Showerの別名を持つのが「旅行者下痢症(Travelers diarrhea)」である。途上国を旅行する人の3070%は旅行開始から最初の2週間内にこの旅行者下痢症の歓迎を受けるとされる。その原因は多彩である。疲労による体調の低下、旅行中の不安、緊張、ストレスなどからくる精神的な胃腸障害、水当たりや食中たりなど現地の飲食物の違いによる一過性の胃腸障害、ウイルスや細菌あるいは寄生虫などによる病的な下痢があげられる。早い人なら34日間で回復するが、まれに2週間以上続く例もある。38℃以上の高熱、激しい腹痛、ひどい血便を伴う等、あまりにも症状がひどかったり長引くようであれば、コレラなど細菌性の下痢や食中毒、アメーバ赤痢などを疑うべきで、できるだけ早く医療機関を受診すること。処置を誤れば生命にかかわる。

 もっとも、その多くは、睡眠を十分にとり体調を整えるほか、食べ物や飲み物に注意すれば未然に防げる。まず、1)生水を飲まないことである。水は一分以上沸騰させたものか、ボトルに入ったミネラル・ウォーターを飲むようにすべきである。もちろん、氷は避ける。2)生の野菜、魚介類等、火の通ってない食事を避けること。3)牛乳、アイスクリーム、ヨーグルト、乳製品に注意する。4)あまり、スパイシーな食事を常食にしないことである。とくに、インド料理は油をよく使う上にスパイシーなものが多いので、日本人には刺激が強すぎ、胃腸をやられてしまうことが多いからだ。

下痢症状が続く間はスポーツドリンク、ジュース、スープ、経口電解補給剤(ORSELECTRAL等)、ココナッツ・ジュースを利用して、十分な水分補給をすること。

 

6.2.3 呼吸器疾患

都市部では自動車台数の急激な増加等による大気汚染の問題が深刻で、その影響で気管支喘息など呼吸器疾患が近年増加している。政府は水質汚濁防止・規制法、大気汚染防止・規制法を制定、無鉛ガソリンの導入、Euro-2の排出ガス規制等の対策を行っているが、まだまだ後手に回っているのが実情である。マスクの着用やうがいの励行など、個人で対策を立てるほかない。

 

6.2.4 経口感染症

食中毒をはじめ、A型肝炎、E型肝炎、腸チフス・パラチフス、アメーバ赤痢、ジアルジア、細菌性赤痢、コレラ、大腸菌性下痢症などは、全て汚染飲食物から感染する「経口感染症」である。特にサルモネラ菌をはじめとする各種食中毒や感染性下痢症は、インドでは最もありふれた病気で、ほとんど日常的に発生している。また、アメーバやジアルジア・回虫その他の寄生虫病もインドには極めて多い。

この予防対策としては、ワクチン接種(A型肝炎・腸チフスなど)がある。

 

感染症による胃腸炎(Gastroenteritis due to infection

サルモネラ菌や病原性大腸菌、各種ウイルスが原因となる「下痢、嘔吐、腹痛」を主症状とする消化器の病気の総称で、インドではもっとも一般的な病気である。

原因病原体として、病原性大腸菌、赤痢菌、赤痢アメーバ原虫が一般的であるが、調理が不完全な肉を食べた患者さんの中にはキャンピロバクター、サルモネラが検出されることも稀ではない。またモンスーンの時期になると、汚染した水からコレラが流行することがある。コレラ菌は熱や塩素消毒で簡単に滅菌できるし、大量の菌を摂取しない限りは発症しないので、ミネラル・ウォーターなどの清潔な水を飲んでいれば感染しないはずである。

 通常の食生活をする方であれば野菜を生で食べなくてもビタミン・繊維質は十分に摂取できる。また、街頭で売られるソフトクリームの注ぎ口には細菌が繁殖するに十分な条件(養分、酸素、湿度、温度)が整っているので危険である。路上で売っているカットフルーツも同じである。炎天下に長く置いている物をみずみずしく見せるために、清潔でない水をカットした果物にふりかけている。もちろん食前、外出後の手洗いの励行も忘れずに。予防の原則はCook it, peel it, or leave it(加熱して料理しろ、皮をむいて食べろ、さもなくば捨てろ)である。

 

細菌性下痢

食べ物や飲み物から経口感染する。細菌にはサルモネラ菌、大腸菌、ボツリヌス菌、赤痢菌のほかコレラ菌も含まれる。多くは発熱を伴う激しい下痢と嘔吐に見舞われる。潜伏期間は1〜14日。多くは2日〜3日で発病する。発病したら水分補給を心がけ医者へ。

 

赤痢

食べ物や水、食器などに付着した赤痢菌が、口から入って感染する。2日〜4日の潜伏期間の後、倦怠感、食欲不振、腹痛などの症状が現れ、下痢が頻繁に続き、血便が混じる。抗生物質としてはテトラサイクリンが有効だが、素人療法よりまず医者に診てもらうこと。

 

アメーバ赤痢

赤痢アメーバという寄生虫が原因で感染。熱は出ないが、腹痛、下痢などの症状がある。イチゴゼリー状の粘血便が出たら要注意。症状に出ない潜在的な感染者も多く、慢性化すると死に至ることもある。疑わしいと思ったらすぐ病院へ。

 

コレラ

コレラ患者の汚物から口を経て感染するもので、潜伏期間は1日〜3日。発病は突然の強烈な下痢と嘔吐の繰り返しに始まり、脱水虚脱状態になる。吐物や下痢は多量にあり、米のとぎ汁に似ている。発熱はあまりない。脱水症状に陥るので、感染したなと感じたら水分をできるだけ多く採り、すぐに病院に行くこと。インドでの感染数は減りつつあり、世界保健機関WHOの汚染地区の対象からも外されている。予防接種はあるが、その有効性は50%と言われている。

 

A型肝炎(Hepatitis A

A型肝炎ウイルスに汚染された食物や水、食器などから口を経て感染する。インドの野菜や果物は良く洗ってから、肉類も野菜も十分火を通してから食べること。A型肝炎ウイルスは感染すると、1〜2週間の潜伏期の後、約4週間で、風邪のような症状と共に、倦怠感、食欲不振、下痢、嘔吐などの消化器症状、更に発熱後数日で黄疸が表れる。尿はコーラ色、便は白っぽくなり、ほとんど動けない状態になる。発病したら2週間の入院と、2ヶ月間以上の安静が必要。無理は禁物だ。実はA型肝炎ウイルスはこの症状が表れる前(感染後2〜3週間後)から既に便中に排出しているので、気づいた時には集団感染ということも稀ではない。A型肝炎はその地域の衛生度の指標とも言える。日本でも1950年以前生まれのかなりの方は、過去に感染したことを示す「抗体」ができているので再感染の危険はない。一方、1970年以降生まれの方のほとんどはこの抗体がないので、免疫力がないのである。インドに行く前にA型肝炎ワクチンを接種することをお奨めする。

 

E型肝炎(Hepatitis E

A型肝炎と同じく、患者の糞便から飲料水、野菜、魚介類を介して感染が広がる肝炎である。A型とは異なりワクチンは未開発である。重症に至ると劇症肝炎に至ることがある。特に妊婦は致死率が高くなると言われているので、妊娠をしている方はもちろん妊娠を予定されている方は普段以上に衛生的な食生活が必要である。

 

B型肝炎(Hepatitis B

歯ブラシ、かみそり、タオルの貸し借りや性交渉、輸血、医療用器具(注射針、歯科治療など)から血液や体液を介して感染する。感染の多くは症状の無いキャリア(ウイルス保有者)からのものである。インド亜大陸のキャリアの割合は515%と言われている。かみそり、歯ブラシの貸し借りは当然のこと、交通事故などで輸血が必要にならないよう注意すること。性行為による感染率はHIV感染以上である。日本でもB型肝炎ワクチンが承認販売されているので、インド渡航前に接種を済ませまることもできる。インドでもHavrix-Bなどの西欧製のワクチン接種が可能である。

 

ランブル鞭毛虫症(ジアルディア症:Giardiasis

塩素消毒にも抵抗性のあるランブル鞭毛虫のシスト(嚢胞)が主に生水などを介して人間の口から感染する。熱帯、亜熱帯を中心に世界に3億人の患者がいると言われているが、インドがまさに本場である。長期滞在者にはもっとも一般的な消化器病の一つである。症状は全くなく、一過性の下痢だけのことがある。ひどい場合には腹痛、腹部膨満感、嘔吐、泥状あるいは脂肪様の下痢になることもある。ランブル鞭毛虫は小腸の粘膜に吸着し小児に吸収障害・成長障害を起こす。長い間、なんとなくお腹の調子が悪かったり、下痢が続いていたりしたら、現地の医療機関を受診して検査を受けること。薬で治療が可能である。

 

腸チフス(Typhoid

チフス菌に汚染された水、乳製品、貝類を口にすると感染する。日本での輸入腸チフスの半分はインド亜大陸からの旅行者が持ち帰ったものであるとの報告もある。潜伏期間は10日前後、倦怠感、食欲不振、頭痛、腹痛などの症状があって、発病後はじわじわと発熱し、40度前後にまで及ぶ。下痢、便秘、徐脈(少ない脈)、バラ疹と呼ばれる特有の皮疹が見られる。治療や安静を怠ると腸穿孔で命を失うこともある。(致死率は約10%)。発病したら即入院で、10日ほどの絶対安静が必要。クロラムフェニコールの服用が有効とされる。予防接種でパラチフスも予防できる。日本では未認可であるが、インドでは西欧製の一回接種の不活化ワクチンが承認販売されている。長期滞在者はインド到着後すぐに予防接種を受けることをお奨めする。

 

6.2.5 結核(Tuberculosis

結核は世界的規模で増加傾向にあり、その中でもインドは罹患率が極めて高く、世界の感染者の3分の1を占めるとされ、毎年200万人が新規に罹患している。デリー市の報告によれば2003年の新規患者数は39,000人であり、そのうち11,000人が喀痰検査陽性、即ち感染性のある結核患者と診断されている。したがって、映画館など人が多く集まる閉室空間は注意が必要である。衛生・栄養状態の良い日本人がそのままインド人と同じリスクを共有するということはない。しかしインドでは薬剤耐性(薬が効きにくい)結核菌の比率が高く(1020%)、一旦結核にかかると治療が厄介になる。

 

6.2.6 ポリオ(急性灰白髄炎、いわゆる小児麻痺:Poliomyelitis

ポリオは腸管ウイルスを意味するエンテロウイルスの一種である。3種類のウイルスが知られていて、インドはP1の本場である。WHO、ユニセフを中心に生ワクチンを使ったポリオ撲滅運動が展開されているが、残念ながらインドでは未だポリオは撲滅されていない。ワクチン接種により予防可能である。

 

6.2.7 炭疽(Anthrax

2001年冬に世界を震撼させた炭疽菌バイオテロは記憶に新しい事件であった。インド・パキスタンからトルコは炭疽ベルトと呼ばれる炭疽の本場である。この炭疽ベルトを中心に世界中で毎年210万人の患者が発生している。

 炭疽は人畜共通感染症である。つまりヒトと動物の間で菌が移動している。大都市では感染するリスクは低いが、地方(特に南インド)で掘り出し物の革製品、毛皮を購入する場合には炭疽菌が付着している可能性があるので注意が必要である。

 

6.2.8 エイズ(AIDS/HIV

インドで最初にエイズが報告されたのは、1986年のことであった。しかし、インドは世界で2番目にAIDS/HIV患者数が多い国となっている。AIDS患者数、HIV陽性者数はおおよそ510万人程度(2003年度)と推定されている。インドにおける主な感染経路は、血液、精液、膣液である。感染原因の第1位は、異性間交渉によるもので、次に汚染輸血、麻薬の回し射ち、および母子感染と続いている。特に売春婦のHIV陽性率は極めて高いとされている。

したがって、輸血を要する場合、信用ある友人や親類縁者から献血を受けるのが最も安全である。緊急輸血等、止むを得ない場合は、献血が検査済みでHIV汚染がないものであることを確認すること。また、輸血や注射、血液検査を受ける際は、必ず使い捨ての注射器と針であるか、充分な煮沸消毒がなされているか確認すること。特に高地では、沸点が低いために充分な煮沸消毒ができていない場合が多いので、要注意である。

このほか、HIVを含めて未管理の性病の流布が懸念されている。梅毒、淋病、トリコモナス症、膣カンジダ症、陰部ヘルペスなど他の性病にも注意が必要である。

 

6.2.9 昆虫媒介伝染病

マラリア(Malaria

ハマダラ蚊を媒介として、マラリア原虫が肝臓内と赤血球内で増殖を繰り返すことによって、発熱、戦慄、発汗、解熱などの多彩な症状を引き起こす。全世界で年間3億〜5億人がかかっており、死者も150万〜270万人も出ている。潜伏期は1週間から1ヶ月と幅がある。症状としては頭痛、下痢、四肢痛、呼吸困難などがあり、3〜4日の周期で熱発作、悪寒に襲われる。三日熱マラリア(Plasmodium vivax)(約70%)と熱帯マラリア(Plasmodium falciparum)(約30%)で、そのうち8%が混合である。デリーでは三日熱マラリアが主である。熱帯マラリアは、急性脳性マラリアを併発し死亡率が高い。時に死に至ることもあるため悪性マラリアとも呼ばれる。デリーでは1996年の650例をピークとして、ここ数年は十数例の発生にとどまっている。しかし2003年にはデリー近郊のFaridabadで脳マラリアの発生例が報告されている。

1年のうちでも特に9月から11月にかけての雨季に大量のハマダラ蚊が発生すると言われている。礼拝のためのガートや灌漑のための貯水池が各地にできていることもハマダラ蚊の大量発生につながっていると考えられている。地域別に見ると、特に東部のオリッサ州、ウェスト・ベンガル州、西部のグジャラート州、マハラシュートラ州、カルナータカ州、東北部のアッサム州及びその周辺は高度流行地であり特に注意が必要である。しかし最近はデリーやコルカタ等の都市部でも季節労働者が居住するスラム街を中心に散発的に発生している。

インドでは、マラリア対策として殺虫剤の屋内残留性散布(IRS)が行われるようになってきている。しかし、その効果はコストが負担できる施設の屋内に限定されるのであって、もちろん屋外に及ぶはずもない。

流行地に滞在後1週間以上後に風邪症状が無いのに寒気がして高熱をきたすようであったら、マラリアを疑って早めに検査を受けること。とにかく、マラリアを媒介するハマダラ蚊は日没から明け方まで活動するので、夜間に蚊に刺されない工夫が大切である。したがって、(1)日本製の蚊取り線香・殺虫剤を使う、(2)昆虫忌避剤を使用する、(3)長袖シャツや長ズボンを着用するなどの対策が必要である。濃厚汚染地域に長期に滞在する場合はWHOが奨めるようにクロロキン(300mg1回)+プログアニアル(200mg毎日)の併用による予防内服する必要があるが、それ以外の地域(デリー、ムンバイ等の大都市)では必要ない。なお、予防薬であるクロロキンの服用にあたっては、薬品耐性の「クロロキン耐性マラリア」も増加しているほか、体質等個人差があるため、医師、現地医療機関等に十分相談することが必要である。

 

デング熱(Dengue fever

1956年にフィリピンで報告されて以来、今では東南アジア、南アジア、中南米をはじめとして、年間数千万人の患者が発生している。tiger mosquitoとも呼ばれる熱帯シマイエ蚊または一筋縞蚊によって媒介されるウイルス性疾患で、突然の発熱と激しい頭痛、発疹を主症状とする。都市部でも見られる一般的な病気で、特に雨期に多く感染するが、ほぼ一年中存在し、数年おきに大流行する。流行地では子供の病気とされるが、日本人は抗体がないため、大人でも発病する。デリー市内では199610,252名の患者が発生し、423名がこの病気で死亡している。患者発生数はその後1997336名(死亡1名)、1998316名(死亡1名)、1999184名(死亡0名)と減少傾向にあったが、2003年には2700名(死亡34名)の7年ぶりの大流行があった。デング熱に対するワクチンは現在開発中で、完成には至っていない。現時点での予防法は「蚊に刺されないこと」に尽きる。

ウイルスを持つ蚊に刺されると約1週間(58日)の潜伏期の後、倦怠感とともに突然3940度の発熱、頭痛、腰痛など激しい筋肉痛、全身の関節痛、眼球深部痛などが現れる。症状が出てから34日後に「赤い斑状の皮疹」が見られることもある。アスピリンの服用は症状を悪化させるので禁物。たいていは1週間程度で熱が下がり治癒するが、倦怠感はかなり長く残る。まれに、出血傾向をともなって時に重篤化する「デング出血熱」も存在し、発疹が出たり、輸血が必要な場合があり、死に至ることもある。デングショックという重症型になると死亡率が高くなる。デングウイルスには1〜4型まであり、同じ型のウイルスに対しては免疫ができるが、異なる型のウイルスには再感染する。過去にデング熱に罹ったことがある方も十分に注意が必要である。なお、熱帯ジマ蚊は昼間、特に日の出後(7時〜10時)、日の入り前(15時〜17時)の2〜3時間に吸血行動が活発になるので、要注意である。この時間帯に行動される方は虫除けスプレーを使用すること。

 

日本脳炎Japanese encephalitis

豚を吸血したイエカがヒトを吸血して日本脳炎ウイルスを伝播させる。予防接種で感染を防ぐことができる。感染後の潜伏期間は13週間である。突然40℃の高熱が出て、頭痛、嘔吐、意識混濁、麻痺、不随意運動などの症状がでる。高熱を出した小児や高齢者では死に至ることもある。特に高齢の方でインド滞在が長くなる方は改めて日本脳炎ワクチンの接種が必要である。(注:20055月、日本国内では重篤な副作用の報告のため定期接種が中断されたが、海外渡航者等リスクの高い場合、希望者には公費による接種が継続されている。)

 

リーシュマニア症(Leishmaniasis

砂バエ(サシチョウバエ:Sandfly;蚊に似た微小な昆虫)に刺されることにより伝染する寄生虫病。媒介する原虫により、内蔵リーシュマニア症(Leishmania donovani原虫)、皮膚リーシュマニア症(Leishmania tropica原虫)、皮膚粘膜リーシュマニア症(Leishmania braziliensis他3種原虫)と多彩な病状になる。インドでは前2者の患者が発生している。貧血・発熱が見られ、肝臓が冒される。主にアッサム州、ウエスト・ベンガル州、ビハール州、ウッタル・プラデッシュ州東部の平野部、シッキムの山裾、タミナル・ナドゥ州とオリッサ州などで発生しており現地人の羅患率は高い。内蔵リーシュマニア症は感染後一週間から1ヶ月で風邪に似た症状(持続性の高熱、全身倦怠感、上気道炎)が現れ、進行すると脾腫、貧血、腹水が加わり、合併症や出血で死に至ることもある。たかが蝿と侮らないことがまず肝要である。皮膚リーシュマニア症は感染後潜伏期1〜数ヶ月を経て皮膚に丘疹・結節、痛みの無い潰瘍(無痛性潰瘍)ができ、その周囲リンパ節が腫れてきる。約一年で瘢痕を残して治癒する。治療薬は存在するが、早期の治療が肝要である。

 

6.2.10 動物媒介

ペスト(Plague

インド北部には環境的に長期にげっ歯類がペスト菌を保持する地域(natural foci)が存在する。ヒトがそのような地域に狩猟、森林伐採などで分け入るとペスト菌をヒト社会に持ち帰ることになる。

ペストはノミ(ケオピスネズミノミ)がネズミとヒトの間を媒介し感染が拡大する。また、一旦ヒトに感染し、肺ペストと呼ばれる状態になると、飛沫感染でヒトからヒトに直接伝播する。予防法として、死菌ワクチンの接種、テトラサイクリンの予防投与があるが、最大の予防法は流行が確認された地域に入らないことである。

 

疥癬(かいせん:Scabies

イヌ、ネコから移る動物疥癬の他に、夏にはヒト疥癬が発生する。ヒト疥癬はヒゼンダニと呼ばれるダニが皮膚に侵入して起きる病気である。夏に山小屋などで不潔なベッドやシーツで眠る時はそれなりの覚悟を決めてから眠るか自前の寝袋を利用しよう。疥癬に感染しても命には別状はないが、夜間寝るに寝れない痒さに悩まされる。

感染すると陰部、鼠径部、腋の下、お腹や手足の柔らかい部分に一見虫刺され様の皮疹ができる。良く見ると中央が赤黒く隆起し、その廻りが赤く盛り上り、ところどころ皮がむけたような(鱗屑りんせつ)、例えて言うなら麓に火山灰が舞い降りた富士山のようにも見える(直径が530o)。また疥癬トンネルと言われる3040mmの線状の隆起(ヒゼンダニの産卵場)が手の指の間や腕の内側に見られる。心当たりがあれば、現地の医療機関を受診すること。ほとんどの場合はPermethrin5%クリーム(日本未承認薬、インドで入手可)を一回塗るだけで治る。治療後にシーツ、衣類からの再感染を防ぐために熱湯での洗濯が必要である。

 

6.2.11 その他

蛇咬傷(Snake bite

 インドでは特にモンスーンの時期になると、ゴルフ場、住居の庭、学校の校庭などに蛇が出てくる。その中にはコブラ(Cobra)、クサリヘビ(Vipers)などの毒蛇もいる。蛇は臆病な動物であるから、熊追いと同じ原理で大きな音を立てながら歩く。草むらを歩かねばならない時は、棒で草を打ちながら、足音を立てるように歩こう。万一、蛇に咬まれた場合は、襲った蛇を捕獲して種類を同定できれば理想的と言われている。しかし、蛇毒の吸収を高める危険があるので深追いすべきではない。コブラ毒は神経毒で死亡率10%程度、また、毒が注入されるのは50%程度といわれている。クサリ蛇毒は神経毒+出血毒で死亡率115%と言われている。つまり、咬まれたら必ず命を落とすわけではない。咬まれた本人も周りも慌てず落ち着くことが重要である。口腔内の傷から毒が侵入する可能性があるので、けっして傷口を吸わないようにすること。患部を清潔な布で覆い、冷やすこと。患部を上にして、添え木を当てる等して、できるだけ動かさないようにする。過度の圧迫駆血は循環障害のもとになる。20分締めたら10秒緩めるようにする。締め方の規準は紐に指一本が入る程度が目安である。もちろん、速やかに病院に搬送してもらう。

 デリー市内でコブラ血清を備蓄している病院はApollo病院(2692-5858)All India Institute of Medical Sciences :AIIMS (2658-8500, 2658-8700, 2658-9900, ER:2658-8698)2箇所である。

 

狂犬病(Rabies

 インドでは、年間1760万人が犬に咬まれる被害に遭っているという。そして、世界の狂犬病犠牲者の80%にあたる3万人が死亡している(インド狂犬病予防コントロール協会)。そして、インドにおいて、被疑動物の脳で狂犬病罹患の有無を検査した結果、犬、猿、牛、馬、猫、バッファロー、マングース、豚、ジャッカル、ネズミ、山羊、兎等に感染例が挙げられている。すなわち、ありとあらゆる哺乳類が狂犬病ウイルスを保持しているリスクがある。かれらは、けっしてペットではないから、狂犬病対策が施されていないのである。したがって、犬だけでなく、これら動物に咬まれても発症する危険がある。動物の唾液中に含まれるウイルスが末梢神経を通って脳に至り、発病する。一度発病したら100%死に至る。潜伏期間は2060日、発病後35日で死亡する。

 感染動物と接触した場合は(傷があれば舐められただけも感染する)できるだけ早くワクチン接種が可能な医療機関を受診し、狂犬病ワクチンに加えて破傷風トキソイド接種を受ける。応急処置として、身体に侵入するウイルス量を減らすために、できるだけ早い時期に傷口を石鹸・消毒薬・大量の流水で洗うことが重要である。

 

6.3 医療機関

 インドは非常に医療水準の高い国のひとつであり、大学病院、国公立病院、私立の病院・診療所等各種の医療機関が随所にある。もともと、インド人医師の技術水準は高く、海外留学してそのまま現地に在住して、医師となっている例が多い。たとえば、アメリカの医師の20%、イギリスの医師の40%はインド人だと言われている。このため、「アメリカを困らせるのには刃物は要らぬ、インド系医師に帰国命令を出すだけでいい」というたとえ話もあるくらいである。その海外で学び医師免許を取得した帰国組も多くいるため、インドの医療水準は極めて高いのである。とりわけ、アポロ病院のように大都市の私立病院は、清潔で、医療機器や設備も整い、医師の水準も高いため、国内だけでなく海外からもわざわざ、治療のために訪ねてくるほどである。メディカル・ツーリズムである。このような最高水準の医療機関に比較的リーズナブルな価格で、受診できる。

 欧米の保険会社が、心臓外科手術の必要な患者をインドに送り込んでいることは、いまやよく知られている。世界最高クラスの医療水準の高さの一方で、欧米諸国と比較すると半分から約十分の一程度の費用で済むからである。こうした事情を背景に、インドでは“国際競争力”のある医師を看板に、官民挙げての「世界の医療基地化」に取り掛かっている。すなわち、インド保健省は、全国医療機関の医療の質を点数化し、ネットの活用を含め広報活動を通じて、海外に高度な医療サービスを受けられる病院の紹介に動き始めている。さらに、治療目的で入国する外国人患者には一年の医療ビザ発給を決めるなど便宜を図っている。

 日本でも、作家の石川好氏が血流障害とリュウマチが重なった難病を患い、日本では手足を切断しなければいけないと言われたものが、インドで手術をしたことによって救われたことを新聞(『日本経済新聞』2005918日付朝刊)などで明らかにして、ようやく知られるようになった。

しかし、大病院を除くと夜は閉まっており、救急医療体制が十分に整備されていない。(ただし、緊急の場合は、深夜でも当直の医師に診てもらうことができることもあるらしい。)一般に、国公立の病院は、無料で24時間営業であるが、院内が極めて不衛生で、日本人の利用には適さないと言われている(真偽のほどは確かめた訳ではないので不明)。

 診察を受ける際は、事前に予約をしておくこと。医療費は現金でその場で支払うので、相応の現金を持参すること。海外旅行傷害保険に加入している場合、その領収書が必要になるので保存しておくこと。

 なお、聞いた話では、使い捨て(ディスポーザブル)のはずの注射器を回収し、巧妙に再包装して販売するルートがあるらしい。日本の現地法人製のものも対象となっており、非常に迷惑しているとのことである。

 一方で、インドは世界のジェネリック薬品市場の台風の目的な存在である。インドは国内の特許法が医薬品を特許対象外と規定しているために、ジェネリック薬品の合法的な生産が可能だからである。多くの製薬会社が、あらゆるジェネリック薬品を大量に製造しており、世界の市場に供給している。したがって、薬局でたいていの薬品を購入できる。もちろん、薬局は至るところにある。しかも、日本とくらべてきわめて安価に、必要な量だけ購入できる。ただし、インドの薬は欧米規格であるから、日本のものよりもかなり効き目が強力になっていることは知っておいたほうがいい。例えば、風邪をひいたとき、症状を言えば、数種類の薬を2日分だけ処方してくれるという具合である。そして、インドの病気はインドの薬でしか治らないという説も、案外、当たっていると思う。

 

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